十勝の旅 (1978年発行)を読んで

(C)旧ディスカバー十勝

1978年に発行された「十勝の旅」という観光本を紹介します。この本は、昔、十勝に存在した出版社「ディスカバー十勝」が発行した、十勝を紹介する観光本でした。今見ると、50年前の十勝がそこにはあります。その時代は、どんな社会だったのでしょうか。(この本は所有しています)

1.旧国鉄 広尾線、士幌線、池北線が健在だった

旧幸福駅

1978年当時、旧国鉄の広尾線、士幌線、池北線が健在でした。帯広駅は、広尾線、士幌線の起点でもあり、とても賑わっていました。

広尾線は、「愛国(駅)から幸福(駅)行き」で人気があり、夏は潮干狩り客がたくさん乗り込んだものです。私が子供の頃は、広尾線に乗って広尾駅で降り、音調津まで連絡バスで潮干狩りに行くことが一家の一大イベントでした。車のない時代は、今ならいつでも行ける場所も大イベントだったのです。広尾駅の賑わいが、今では懐かしいです。

士幌線は、まだ十勝三股まで行っていました。しかしながら、1978年でも十勝三股の人口は少なくなっており、6戸14人まで減っていました。ちょうどその頃、三股山荘の家族さんが移住してきました。そして今も、三股山荘は健在です。投稿時点では、2もしくは3世帯が住んでいるようです。

池北線は、第三セクターの「ふるさと銀河線」として存続しましたが、結局は廃線となります。今、石北本線の存続が危ぶまれていますが、池北線の方を残して根室線に繋げた方が北見や網走にとって良かったような気もします。その方が札幌までは近いでしょうし、貨物輸送も短くて済んだのではと思います。

現在の十勝には、根室本線が残るだけになりました。特急の連結数もどんどん減って寂しい限りです。今のところ、廃線になるほど営業成績は悪くないようですが、今後がどうなるか分かりません。

2.三国峠はまだ舗装されていなかった

旧道跡がうっすら残る三国峠頂上付近

1978年では三国峠付近は舗装がされておらず、かつ冬季通行止めでした。十勝三股より先で道はじゃり道になり、大雪湖付近までそれは続きました。車の運転は危険を伴うものであり、車の跳ねた石がフロントガラスに当たって割れたり、路外に落ちた車も必ずと言って良いほど見ました。

三国峠が完全舗装になったのは1994年なので、私もダート走行を経験しました。それは今では考えられないほどひどい道でした。交通量がそこそこあるため路面がそろばん道になっており、タイヤが跳ねてハンドルを取られました。特にFR車は車の後部が振れて、姿勢を保たせるのが大変でした。そして、今の道の工事が行われていたので片側通行が頻繁にあり、大雪山へ行くのにとても時間がかかりました。

ほんと、道路はここ半世紀で信じられないくらい良くなりました。私が子供の頃は、幹線道路以外はじゃり道が当たり前でした。昔は良かったと言うけれど、活気こそありましたが生活環境は全然良くなかったのです。

3.トムラウシ温泉は前の建物だった

今のトムラウシ温泉

今のトムラウシ温泉は、鉄筋コンクリートで4階建てのがっちりとした宿舎ですが、その前は木造モルタル?のひなびた宿でした。私はトムラウシ山登山で古い時代のトムラウシ温泉に入ったことがありますが、今ではお目にかかれない(表現に困るが)ひなびた温泉でした。

それでも、トムラウシは林業が栄えて森林鉄道が発達しました。今は林道が次々に廃道化していますが、そんな場所に森林鉄道が通るほど、人の手が入っていました。詳しくは以下の記事を読んでみてください。

4.岩内仙峡までバスが通っていた

昔は十勝にも国鉄バス(JR北海道バス)があり、帯広駅から岩内仙峡までバスが走っていました。1978年頃では既にマイカーを持つ家庭が多かったと思いますが、年齢が上の人たちを中心にまだ利用者がいました。それでも、当時既に利用者の低迷が問題だったと思います。

岩内仙峡には旅館があり、周辺は観光地として賑わいました。その後、旅館はなくなりバスも廃止されましたが、帯広市の施設ができて整備が行われ、人が集まりました。しかしながら、帯広市の施設は廃止となり、寂しくなっています。岩内仙峡については、以下の記事で紹介しています。

5. 1978年当時の店が分かる

旧銭湯だった櫻湯(本には掲載されていません)

「十勝の旅」で一番感慨深い点は、当時存在した店が紹介されていることでしょう。私が若かった頃、街に存在した店が紹介されています。中には今も存在する店もありますが、大部分はもうなくなっています。そんな昔の思い出がよみがえる優れた本です。

中でも、ドライブインの地図に感慨を深く受けました。今、ドライブインはほとんど残っていません。道の駅ができたせいもありますが、コンビニのできたことがドライブインがなくなった一番の理由だと思います。

昔は長距離ドライブにおいて、ドライブインで休憩する事が当たり前でした。そんなドライブインは個人経営も多くて、それぞれの特色が楽しかったです。私が車を運転するようになったのは1978年より後ですが、足寄方面に行く途中の里見が丘周辺にあるドライブインに良く立ち寄りました。周辺はとても活気がありました。

6.一度は読んでもらいたい

地元十勝に住む人には、「十勝の旅」を読んでもらいたいです。もし、読むのなら、帯広図書館にあります。(貸出は不可のようです)